北九州線車両保存会パンフレットを作りました。




昭和、西日本のバスのスタンダート
 昭和42年、西日本車体工業により、当時としては斬新なデザインのバスがデビュー。後部の独特のデザインから、「カマボコ」というあだ名で親しまれ、西日本各地の事業者で活躍しました。
 2745号車は、その末期に生産された1台。大牟田営業所に所属し、50番 大牟田-久留米間で運行されていたうちの一台です。
 低床化、入口ドアのワイド化(4枚折戸)、大きく見やすい方向幕。「乗りやすいバス」を目指した様々な工夫は、現在のバスにも受け継がれています。「カマボコ」は、その原点とも称されるバスです
引退から、山家へ、お化粧直し
 平成に入り、各地から「カマボコ」は姿を消し、現役を退いた後、
福岡県南部の田園地帯で、倉庫として使われていました。
 引退から約15年を経た2007年、昭和の名車として、誰にでも使いやすい公共交通を目指して作られた名車として、山家に迎え入れることに。
 週末ごとに集まる会員の手により、時にはお手伝いに駆けつけて下さる見学のお客様の協力により、徐々に往年の勇姿を取り戻しつつあります。今後も、皆様のご協力を頂きながら、車内の整備等を進めていく予定です。

日本有数の規模を誇った福岡県の路面電車
 かつて日本全国の都市には多数の軌道、路面電車が存在しました。その中でも福岡県の軌道線は北九州市、福岡市、久留米市、大牟田市を走り、大きなネットワークと先進的なサービスで市民の生活を支え、日本有数の路面電車先進地域でした。
西鉄北九州線のエース600形
福岡県下での路面電車の歴史は北九州線から始まる。明治44年に九州電気軌道によって開業、のちに合併で西鉄北九州線となる。北九州線は大型の電車を使い、運行本数を多くし、後には連接車の導入など、数多くの革新的経営を行いました。
昭和27年、北九州線のエースとしてこの600型、621号は近畿車輛で製造されました。
西鉄路面電車の終焉、最後花道
621号は高度成長期を経て、北九州市の発展と共に活躍し、北九州市の街の風景になくてはならない存在でした。
しかし、その後のモータリゼーションの進展により都市に自動車が氾濫するようになると、次第に電車が邪魔者
扱いを受けるようになり、福岡県全域で路面電車は活躍の場所を失い、2000年折尾ー黒崎間の廃止を以って西鉄路面電車の歴史を終えることになります。621号は最終日のさよなら電車に活躍し最後の花道を飾りました。
見直される路面電車、その日まで・・。
邪魔者として廃止されていった路面電車でしたが、自動車による都市交通のマヒが問題として取り上げられるようになり、路面電車の再評価が進んでいます。主に欧米を中心に路面電車が復活し、日本でも既存の路線を中心に再整備が進んでいます。かつて、路面電車先進地域であった福岡県でしたが、復活の時代に向けて、その歴史を伝えるべく、ここに最後の電車を保存し後世に伝えたいと思います。
ボランティアで維持しています。
この電車は有志の資金で維持し、月一回の清掃と整備を行っています。電車は手をかけなければすぐに痛んで
しまいます。車体の塗装などすべてボランティアで作業
を行っております。作業などご迷惑をおかけすることもありますが、ご理解ご協力をお願い致します。

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北九州線車両保存会パンフレットを作りました。 への1件のコメント

  1. 近藤 より:

    24日偶然取り掛かった筑前山家駅、そこにわナント621号が、私は幼少のころ熊本から菊池を走っていた621号に似た、今にも壊れそうな動力(モーター)音を響かせて何故か路面バスよりすごく遅かった菊池電車を思い出しました。ありがとうございます保存会の皆さん