碓氷峠を越える

10月3日
 日本鉄道保存協会の総会の翌日。
今日は見学会になります。
まず、参加者一同で碓氷峠のハイライト眼鏡橋へ・・。

碓氷峠といえば、今から10年前、廃線の年。
僕が普通にカメラを持って撮鉄をしていた^^!
まだ健全な鉄ちゃん?だった高校生の時
碓氷峠ブームで遠路18切符で2回通って数日滞在したことがあります。
その時は歩いてここまで登ってきて陽が暮れて、痛い目にあってしまった思い出の場所。
それ以来の眼鏡橋。
当時、アプト旧線は荒れ放題でしたが、今は遊歩道として整備され、歩くことができるようになっています。

明治時代に建設工員の飯場っと伝えられるカマド後。

碓氷峠の国鉄OBのボランティアによる詳しい解説を頂けました。

眼鏡橋側面には電化時に付けられたケーブル線の後が。
良く見るとラックレールの再利用です。

眼鏡橋から見る新線。
今にも轟音を立ててEF63が下ってきそうだ。
10年ぶりに立ったので廃線の事実がいまいちピンと来ない。

さぁ、お時間がありません、先へ進みましょう。
参加者一同、博学な方が多く、話が楽しくて深く進みすぎて足が進みませんな。

今、アプトの道は綺麗に整備され、風景も良いし、歩き易くて廃線巡り初心者にはピッタリですよ。
いや、それにしても歩いてみても66.7‰下り勾配はきつく感じます。
一旦、文化村に戻り、そこからトロッコ列車へ乗車。
一部区間とは言え、10年ぶりの碓氷線にわくわく。

出発。
まずは文化村横のEF63と189系。
願わくばこれに乗っていきたいのぅ ^^

おぉ、この横で撮影したぞ~。
トロッコはのっそりのっそり進みます。
本来の列車はこの区間は思いっきり飛ばしていましたね。
EF63の爆音がジェット機が飛び立つかのようでした。

途中、丸山変電所跡で一旦停車。

丸山を抜けると66.7‰区間。
やはり緊張します。

無事、峠の湯駅に到着。
ここで昼食をとり、解散となりました。
皆様、また来年お会いしましょう。^^
さぁて、まだ陽も高い。
このまま軽井沢へ抜けてみたいと思います。

代行バスは、これ・・・・。こっこれは・・・。
何処かで見慣れた西工バス・・。しかもトップドア仕様。
まるでB高・・・。
代行バスに揺られて軽井沢へ
軽井沢駅は近代的な駅舎になっていました。

旧駅舎は横へ。

廃止日に軽井沢へ回送され、横川へ帰れなくなったEF63 2。
やっと会うことができた ^^

移設されたEC1000

注目なのはラックレールと、集電装置も一緒に設置されている点。
第三軌条独自の装備が目を引く。
地面から伸びた線をこんな碍子でガードしていたんですね。

長野にきたからにはそばを食わねば。

駅前でお宝バスを発見。思わず走り寄ってしまった。

軽井沢からは東京まで新幹線で。
〆はやはり峠の釜飯でしょう。^^

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